バセドウ病は甲状腺を刺激する自己抗体が産生され、甲状腺の機能亢進を引き起こす自己免疫疾患の一つです。自己抗体がどのように産生されるのか、これまでメカニズムは不明でした。
2022年3月にScience Advancesに掲載された大阪大学の研究チームの研究発表によると、このメカニズムを明らかになったとのこと。この内容を踏まえ、甲状腺の仕組みとバセドウ病の仕組みについてわかりやすく解説します。
甲状腺が正常な働き
はじめに甲状腺の仕組みについて知っておきましょう。
甲状腺は首の付け根付近にある臓器です。脳の下垂体と呼ばれる部分から甲状腺刺激ホルモンが分泌されます。これが甲状腺の受容体を刺激することで甲状腺では甲状腺ホルモンを合成して分泌します。甲状腺ホルモンは全身の代謝調整などの役割があります。
バセドウ病の場合の甲状腺の働き
バセドウ病ではこのようなホルモン合成、分泌の自然な流れが上手くいきません。
バセドウ病の場合、甲状腺刺激ホルモンの代わりに甲状腺を刺激する自己抗体が甲状腺を刺激し、これによって甲状腺ホルモンが合成、分泌されてしまいます。
自己抗体による刺激が継続的に続くため、甲状腺は炎症を起こしたり、機能亢進の状態となります。体内の甲状腺ホルモン量は過剰な状態になります。
甲状腺ホルモンが分泌されると、それがサインとなって甲状腺刺激ホルモンは分泌をやめるため、バセドウ病の場合は、甲状腺刺激ホルモンの分泌がほとんどなくなってしまいます。
免疫寛容とバセドウ病の発症
甲状腺機能が正常な人の場合、通常は甲状腺に対する自己抗体はほとんどないか、自己抗体がある場合でも非常に少ない量です。正常な免疫系では「自己免疫寛容」という仕組みが働くため、自己の組織や分子に対して攻撃的な免疫反応を避けるように調節されています。ですから、甲状腺機能が正常な場合は自己抗体があったとしても、甲状腺を攻撃することはありません。
バセドウ病の場合は、ウイルス感染やストレス、出産、喫煙、炎症等の何らかのきっかけにより、免疫機能が正常に働くことができなくなり(免疫寛容の破綻)、自己抗体をつくり、甲状腺を攻撃するようになってしまいます。
これまでの仮説では、このような免疫系の誤作動はT細胞という免疫細胞の異常によって起こると考えられてきました。ところが今回の研究報告では、バセドウ病の発症には、もう少し異なる仕組みが関与していることが分かりました。
バセドウ病の原因と仕組み 新たに分かったこと
バセドウ病の人は特定のMHCクラスII分子という遺伝子を持ち、これがバセドウ病を引き起こす原因であることがわかりました。
この特定のMHCクラスII分子という遺伝子は甲状腺の受容体(TSHR)と結びつき、複合体を作ってしまうというのがバセドウ病を発症する原因とのことです。
この複合体ができることで自己抗体が産生され、複合体を通じて甲状腺刺激ホルモンの受容体を刺激し、甲状腺細胞は過剰な甲状腺ホルモンを合成・分泌します。これがバセドウ病(自己免疫性甲状腺機能亢進症)です。
バセドウ病でない人の場合は、このような複合体ができることはありません。
こうして甲状腺ホルモンの分泌量が過剰になり、脳の下垂体は甲状腺刺激ホルモンの分泌量を減らします。バセドウ病では甲状腺刺激ホルモンの分泌が減少したままの状態になります。
このような甲状腺ホルモンの過剰分泌(甲状腺機能の亢進)によって基礎代謝が異常に亢進するため、バセドウ病の人は、動悸や多汗、不眠、疲労、イライラ、肌荒れなど、全身に多くの不調を来すようになってしまいます。
現在の治療法と新しい治療法の可能性について
現在の治療法の第一選択である抗甲状腺薬による治療法は、バセドウ病の病態における甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR)に対する自己抗体の作用を抑制することを主な目的としています。
これにより、過剰な甲状腺ホルモンの産生と甲状腺の機能亢進を制御し、バセドウ病の症状を軽減または治療することができます。
この治療法は対処療法であるため、治療が不要な寛解の状態に至っても、再発のリスクが高いことが知られています。
今回の研究結果により、バセドウ病の新しい治療薬や予防薬の開発が進む可能性があります。また、ほかの自己免疫疾患のメカニズムの解明や治療法の開発に発展していく可能性があります。
なお、バセドウ病をはじめとする自己免疫疾患の仕組みは非常に複雑であり、同じバセドウ病であっても、個々の原因や治療経過等によってメカニズムが異なる可能性があります。今後の研究の進展を注意深く見守る必要があります。
本記事に関する正確な情報は参考文献をご覧ください。
用語解説
- 甲状腺刺激ホルモン受容体(TSHR): 甲状腺の機能を調節するホルモンである甲状腺刺激ホルモン(TSH)の受容体。バセドウ病ではTSHRに対する自己抗体が産生され、甲状腺の過剰刺激を引き起こす。
- 自己免疫寛容(Self-tolerance): 免疫系が自己の組織や分子に対して攻撃的な反応を避ける能力。
- 主要組織適合遺伝子複合体(MHC): 免疫応答に関与し、自己免疫疾患の感受性に影響を与える遺伝子複合体。ヒトではHLA(Human Leukocyte Antigen)としても知られている。
参考文献
Jin H, Kishida K, Arase N, Matsuoka S, Nakai W, Kohyama M, Suenaga T, Yamamoto K, Sasazuki T, Arase H. Abrogation of self-tolerance by misfolded self-antigens complexed with MHC class II molecules. Sci Adv. 2022 Mar 4;8(9):eabj9867. doi: 10.1126/sciadv.abj9867. Epub 2022 Mar 4.